シナリオ010 夏鏡粋月 鏡となりて、粋となりて


 








   幻想鏡現詩 『夏鏡粋月』







  
  夏青き そよふく鼓動は誰のもの

  月に家郷を探してみても 思惑迷いの道しるべ

  わけなく探してみてみても 行方の欠片は知れ知れず

  鏡に映した雨音や 時褪せ身鳴いて粋の法
  
  和気と逢い会い傘差し歩き 来がけに拾いし夢にて遊ぶ

  解け降る夜にゆらんと心

  つづらなしゃんせ 歌に詩

  ああえいああと 風が葺き吹く







        ◆鏡となり粋と成りて 


 異変が起きてから幾ヶ月。私たちは外の世界で何人かの人間と手を結んだ。
 博麗大結界は揺らぎ、剥がれ落ち、その欠片は幻想郷中に雨のように降り注ぐ。
「外」の世界にある博麗神社の倒壊、そして、大結界の要の消失。判っている理由の一つは大地の鼓動。
しかしそれだけでは要の箍が外れた原因にはなりえない。もう一つ、何かが。
 しかし、調査もなにも、このままでは幻想郷を囲う大結界が完全に解けてしまう。

  『完全なる二重結界』

 博麗大結界はそう、陰と陽、二つの力で作りし表裏一体の結界。

夢と現を分け、そして互いを守るための結界。表は霊の、裏は妖の力で作りし結界。
 裏の力は、「道」その存在が、忘れ去られたものたちに安息の地への道を開き、誘う。
 表の力は、「鏡」夢が現を犯さぬよう、夢が現に侵されぬようにと諭す、己が姿を映す鏡。
 
       鏡壊
二つを分ける『境界異変』

 裏の要の消失、陰陽の均衡は崩れてしまった。そして起こる大結界の揺らぎ。裏が表を喰らい、侵す。
 その歪みに耐え切れなくなった表はひび割れ、降る。剥がれ落ちた空には向こう側への道が開かれる。
 表を喰らった裏の力が、そのひび割れた境界に現れる。

 気が付けなかった。ひび割れるその瞬間まで。何故? この私が。
 
そう考える間まもなく、その亀裂を修復しようとしたが大結界に拒絶される。
 言うことを聞かないやや子のように反発され、そして―――――







 「ふむ……一思案ね」


 私は想い悩んでいた。理由がわからない。何れにせよ対処しか方法がない、現状。
時間は有限だ。

一度目の崩壊直後、外の要を見に行ってみたが、そこにあるはずの物がない。

おかしい――――

倒壊という目に見える惨状を除いてそれ以外の原因が見当たらなかった。
私の大結界は要がないとどうしようもないからだ。
すぐに表の修復に幻想郷へ舞い戻り、空の結界の亀裂を修復しようとした。
が、私の力を拒絶する大結界。
 
裏の力が表に癒着しているのか、「ただの裏返し」では通用しなかったのだ。
そしてその境界は裏、そう「外」の世界へと繋がっていた。その境界の中に入ってみる。
私の世界と似てはいるが、白と黒とも取れない世界へ一瞬投げ出され、そして外へ繋がる亀裂へと意識と身体を持っていかれる。
その行き先はその毎に変わり、恐らくは私の結界の力が関与しているものではないかと思う。
 

「忘れ去られようとしている者たちへの道」の力。
表の鏡の力をすり抜け道へ、逃げ出してしまったものたちも多い。
連れ戻すために動いてはいるが、間に合わないかもしれない。
夢はかよわく、儚いものだ。
 

 「完全に忘れ去られたものは、その存在を失ってしまう」 
 

 古から私たちは感じ、そして体験してきたはずだ。

 『畏れ』

 妖怪の存在と力は大地の力、夜の力、夢の力、心の力。
人に、昼に記憶され、想い想われて、畏怖されてこその存在だということを
安穏とこの夢の籠の中で永らく暮らしてしまったものたちは、忘れてしまっているのだろうか。
 
人は忘れてしまう。
それが人の持つ最大の力であり、そしてもっとも愚かで悲しい力。

 永久を生きる想像、夢はそれを決して忘れはしないというのに。
 語り紡がれている間はいい、ただ、今の現は忘れようとしている。私たちのことを。



 『夢があるの、紫―――― 


 ――――とん


 ゆ――――さ――ゆか――ま――――


 「……ぅ……ん……」

 全身が気だるい。 夜、いや昼か。夢。

夢があるの―――

・・・・・・いつの間にか寝てしまっていたようだ。

 肌蹴た着物と胸元を直し、乱れた髪を整え、言う。

「入りなさい」
 戸が開き、そこには心配そうな黄金色が夏風に揺らいでいた。風鈴の音が聞こえる。今日は風がたっているらしい。
 「紫様……、少しお休みになられてはいかがでしょう、お体に触ります」
 蝉時雨と夏の香りが私の隙間に入り込んできた。ここに慣れた身体には温い。
 
「藍」
 手のひらを空に遊ばせ、部屋の「目」を開き言った。今日も始めなくては。
 

「紫様……。麦茶をお持ちいたしますね」

 聡く気が利く。ほんの少し振り返り、言った。
 「ありがとう、藍」
 しゃらりと涼しげな音をさせ夏は止んだ。
 幻想郷にある境界の亀裂の場所はほぼ把握したとはいえ、日ごとに増すその数には辟易する。
そのひびが「外」の何処に繋がっているのかも、場所と時間ごとに違い、不安定だ。

  「外に出るな」

 その声は結界の成り立ちを知らぬ、意味を知らぬものたちに響かない。決して。
 「こんなことになるとは。いえ、これも仕方のないこと」
 目が語り伝える。

  三万千七百八十四ヶ所。

 「頭が痛くなるわね」
 指を横一文字に斬る。
 

ス――――


 そこに隙間が生まれ、開く。今度は夏と少女の香りが私を犯す。今度は暑い。

 「霊夢」
 隣に佇むように紅い少女が居る。
額と頬に汗を伝わせながら、露骨に嫌そうな顔をしてこちらに目もくれず箒を動かして言い放った。
 
「何?」

 蝉が夏は我が物とばかりに騒ぐ。
 「魔法の森、艮…いえ、中心から丑寅、四十七番目の木の辺り」
 くるりと踵を返し、納屋に向かいながら巫女さもめんどくさそうにため息をついた。
大きな氷の入った桶が井戸の近くに置いてあった。

私はぬるりと部屋を抜け出し納屋の前。日傘を開いた。
 「そんなの魔理沙に行かせればいいでしょ、家から近いんだから」
 てきぱきと箒を片付けながら巫女は言う。先回り、一言。
 「魔理沙はもう行ってるわ、アリスも」
 ぱたぱたと井戸に向かって歩く彼女。ついてゆく。井戸さらいの終わったばかりの井戸は小奇麗にされていた。
井筒に触れる。日陰にある石造りのそれは冷たい、怪訝な顔を浮かべながら霊夢は井戸に釣瓶を落とす。
 からからからから。ひゅー……ぱしゃんっ。     
井戸の滑車が小気味のよい音を奏で、水音が井戸の底でした。懐かしい、生活の音。
 少女の吐息を?き消さんばかりに虫が騒ぐ。
 「黙ってみてないで手伝いなさいよ」
 「やあよ、めんどうくさい」

 いつも通り。いつまでも続けと願う夢の世界の日常。少しずつ違和感は忍び寄っているというのに。
 今年の夏もまた、来年も、そのまた次の年も。そのために。


 ぎぃぎぃ。滑車は軋みながらなみなみと命を運び連れて来た。

 「よいしょっと」
 一息にその井戸水を大きな氷の入った桶に返すと、冷たく心地よい飛沫がはぜ、唇と頬が濡れる。
 「もう、冷たいわ」
 「なによ、感謝しなさいよ。この暑い中誰のおかげだと思ってるのよ」

 どこかでうなだれている少女のおかげだろう、とは言わなかった。
紅の装束の袖を捲り顔を洗う巫女。日が強くなってきた。
この時期一番の暑さと氷水は、少女の服に黒く染みを作ってゆく。

 「ふぅーさっぱりした」
 「用意くらいしておきなさいな」
 きょとんとした幼い顔、私は空色のハンカチを差し出していた。

 「・・・・・・もっと大きいほうが使いやすいのに」 
 「文句を言わないの」

サァ――――
 ああ、えい、ああ、風が吹く。唇が冷たく心地よい。
 「はいはい。じゃあ行ってくるわね」
 濡れたハンカチを私に差し戻しながら、霊夢は日に輝く目を私に遣す。

 「前髪が濡れてるわよ、ちゃんと」
 さらりと滴る雫を浚う、昔はこんなことで顔を赤くしていたのに、おとなしい。


いい加減に暑い。

 私はまた隙間を開きながら滑り込み、振り返りざまに飛び立つ彼女を見送りながら呟く。
 「いってらっしゃい」
 
 シュン―――

 境界を操る程度の力が弱まってきている。
それほど普段の生活に支障はないが、今まで以上に力を使ってしまっていることには気がついていた。
 はじめはよかった。カードを作りさえすれば。ただそれを大結界の亀裂に投げ込むだけでよかったのだから。
 しかし結界はさらに様相を変え、数を増し、性質も複雑になってゆく。
私の陰が癒着しているのだろう。ただの陰陽返しの法では結界の修復は不可能。
陽に癒着した陰を一度引きはがし、砕き、裏としての要がなくとも機能するよう正しい形に修復し、
また改めて陰陽返しの結界でその亀裂を修復する。


「博霊大結界 粋」名づけるならそう。

一度砕き、そして八十八の神霊たちの力を借りて陰陽を返し、組みなおす。
ただの陰陽返しの法では初めのころのように拒絶され、状態を悪化させてしまう。

 『陰陽返しの法』

 巨大な空の亀裂、気がつくのが遅れてしまったとはいえ、私はそれでも大結界を修復しようとした。

 『博麗大結界 表』
 
 ズ――――ガシャン――――。

 大きな空の大結界の亀裂は細かく砕け、散らばってしまった。私のせいで。

どうして、私は――――
 
鏡は砕け剥がれ落ちる。そして力が私自身に逆流する。
 

 ――――博麗大結界 表――――

 何がいけなかったのか。

どうして私を受け入れてくれないのか。
私は忘れてはいない。この幻想郷中に住む誰よりも――――

 逆流した陽の力は私の力を蝕んだ。
それよりも、拒絶されたという事実が私をただ傷つけていた。守りたいのに。どうしても。


 「紫様!」

 飛ぶことも忘れていた、が抱きとめられる。その温もりに崩れてしまいそうになる。私も。

 「藍っ……!」

 その時私は既に修復のための力を大きく殺がれてしまったのだ。
 ああ、どうして早く気がつけなかったのか、悔やんでももう、遅い。わかってはいても。いつだってそうだ。
 あくまで私の力は「陰」の力。内側の結界を修復するには力を「裏返す」必要がある。わかっていたはずだったのに。
 少し気後れた雪がいじらしく頬に触れ、とける。



 粋の法、この世界で正しくあるがための法。
まだ遅くはない、夢は潰えない。私がまだここにある限り。


   ――――キィン


 スペルカードが呼応し輝く。どうやら目的を見つけたらしい。 

 「早いわね」

 隙間を開き言う。魔法の森は夏でも幾分涼しい。日傘はいらないだろう。
 「霊夢、いいわね?」
 
もう数枚封印のスペルカードは投げ入れたらしい。ここは何処に繋がっているのだろうか。
 
「はいはい」
 霊夢は詠う様に答え、印を結び構える。さて、私も。
 
 「「結」」

 陰陽返し、博麗大結界 粋。其処にあった結界の亀裂は跡形もなく消えた。

 「はい、これ」

 運がいい、誰も大結界の欠片を持ち去ってはいないようだ。

深い森を映す鏡の欠片を遣しながら霊夢は言った。
その欠片は掌よりもふた周り小さいものだった。これは一人のときに使おう。
 
「何かあったらそういうことで。よろしくね」
 
鏡の中の森の奥を覗く。別段ここは大丈夫だろう、岩から露出した深緑の魔晶石が見える。

 「はいはい」
 「あ」
 一仕事を終え、飛び立とうとする巫女を引き止める。
 「今晩はお素麺にしましょうか」
 ジワジワと夏が歌う。夏の頃もいよいよ。
 「私は準備しないわよ」
 じっとりとした空気よりも、瞳。
 「魔理沙がするでしょう? 氷も、ね」
 「あれはあったから使っただけよ」
 ふいと眼を逸らしながら霊夢は言った。ああ、守りたい。この場所を。
 「わかってるわよ、西瓜も用意しておくわ。たまにはゆっくり愉しみましょう? 夏を」
 扇子で巫女を扇いでやる。涼しい風に引かれ顔が近くなる。
 「あ~もう……。また今夜は一段と五月蝿くなるわね……」
 「あら、もう七月よ? 外で言うね」
 「外の暦なんて知らないわよ。ったく……ってあ」 
 霊夢は袖から何枚かのスペルカードを取り出して見つめる。そのうちの一枚が強く輝いていた。

 「早速呼ばれたみたいね。早く帰ってこないと西瓜はみんなで食べちゃうわよ?」

 「いいわよ、向こうで『アイス』食べてくるから。って煩いわねぇ……『応』」

  カシャン―――― 

光の欠片が舞い、地面に落ちて消えてゆく。霊夢とともに。
 

 「これで、三万千七百八十三ヶ所」


 夏に囁いてみたが、答えは風と時雨に解けた。


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